息継ぎの井戸から500メートルです。

寛文5年(1665)に開創された法華宗の寺院で、山号を長遠山と称する。
境内には茅野和助の子猪之助の墓があるほか(見学自由)、大石頼母助の書簡が伝えられている。
なお、幕末の文久事件により藩政から退けられた村上真輔の次男河原駱之助が藩領外へ立ち退く途中、襲撃の企てがあることを知り福泉寺で自害しており、境内にはその墓がある。

大石頼之助の書簡をご覧いただく場合、事前連絡が必要です。
(福泉寺 ? 0791-42-0242)