★赤穂を訪れた良寛さん★

赤穂城塩屋門(赤穂城の裏門)に”良寛歌碑”がある。
聖僧良寛さんが修行を終え、岡山県倉敷市玉島のお寺(円通寺)から、故郷新潟出雲崎に帰る途中、赤穂に立ち寄り赤穂天神さんで一夜を明かし短歌を残した。

良寛さんは、禅僧・書家・詩人・歌人であり、書の神・学問の神である天神さんを崇拝し、諸国行脚で野宿のときには天神の祠(ほこら)で旅寝したようである。

<辞世の句>

「形見とて、何残すらむ 春は花 夏ほととぎす 秋はもみじ葉」
「良寛に辞世はあるかと人問はば 南無阿弥陀仏と言うと答えよ」

<歌碑>

「やまおろしよ いたくなふきそ しろたえの
   ころもかたしき たびねせし夜は」

・短歌の意味
「山からの冷たい風よ、あまり吹いてくれるな、
 衣を敷いて、野宿しているから」でしょうか。

良寛さんは忠臣蔵が好きだった

良寛は次のような歌を残している。

<義士を思う詩>

捨生取義古尚少  生を捨て義を取るは古(いにしえ)も少なし
况又四十有七人  况(いわん)や又四十有七人
一片忠心不可軽  一片の忠心軽んずべからず
令人永思元禄春  人をして永く元禄の春を思わしむ

泉岳寺の義士忠義塚の碑文の選者である亀田鵬齋と親しかった。



< 戻る >